分子磁性体の圧力印加による機能制御

新しいデバイス材料として注目され始めている分子磁性体の代表的モデル物質において、圧力コントロールのもとで、磁性と構造の相関を系統的に調べるという研究を行っています。具体的には、加圧という手法を用いて高い温度で自発磁化を発生させようという物理的研究です。磁気転移温度Tc(この温度以下で磁石の性質を示す温度)を上昇させることは、デバイスを視野に入れた応用研究へと展開させる上で至上命題であり、Tc上昇のメカニズムを解明することは分子磁性体の可能性を拡げることに繋がります。これまでに、常圧でTc = 69 Kという構造が決定されている物質の中では最高に高い自発磁化発生温度を示す物質において、最大P = 20 GPaまで圧力を印加し、P = 7 GPa140 K に上昇させることに成功しました。

 

1.        有機ラジカル強磁性体

 

 水素、炭素、酸素、窒素、フッ素、硫黄などの軽元素のみ構成され、もちろん、金属イオンを含まず(含んでいても磁性に寄与していない)、分子の中に不対電子を持つ磁性物質を有機ラジカル磁性体と呼びます。この系は、分子一つあたりの大きさが大きいにも関わらず、磁気モーメントが小さいため、鉄のような強力な磁石として希望は捨てなければなりませんが、周期律表の上の方の軽い元素で磁石を創ろうというすばらしい夢を味わえる系です。すべてのモーメントが揃った「強磁性体」と言われる系では、最近までその転移温度の最高は1.48Kでした。しかし、最近、名古屋大学の藤田博士・阿波賀教授によって、7Kと非常に高い転移温度をもつBBDTAGaCl4という物質が発見されています(まさに、God’s handです)。また、反強磁性の磁気相関がバックグラウンドにあるが、磁気異方性の存在によって、磁気モーメントのcantingがおこり、小さいながらも自発磁化をもつ「弱強磁性体」と言われる系での最高の転移温度は36Kです。

我々はこのような系の物質に圧力を加え、構造をコントロールし(具体的には分子軌道の重なりをコントロールすること)、しいては磁性をコントロールし、自発磁化の実現をより安定なものにしてやろう、という研究をしています。「目指せ、室温有機強磁性」です。現在の主立った成果は以下のようなものです。

 

1.        有機系で初めての圧力誘起強磁性-反強磁性転移を発見した。

2.        有機ラジカル強磁性体の系で、BBDTAGaCl4の転移温度を7Kから14.5Kまでに上昇させることに成功した(この系のWorld Recordです)。

3.        有機ラジカル弱強磁性体の系で、36Kの転移温度を持つ物質で、転移温度を36Kから71Kにまで上昇させることに成功した(これも、この系のWRで、液体窒素温度まで後少しと言うところまで来ています)。 (文責: M.M

 

 参考: 現在参加しているプロジェクト

2.        Single Chain Magnet

 

 二つのMn3+イオンと一つのNi2+イオンが、低温において反強磁性的な相互作用によって三両体(trimer)を形成し、それらが一次元的につながった磁石を対象にしています。この系では、trimer全体のスピンをスピン量子数S = 3のIsingスピン(スピン対称性が一軸的なもの)として取り扱うことができ、また、そのtrimer間に1K(ケルビン)程度の強磁性的な相互作用が働いていることで、系全体としては、S = 3 Ising ferromagnetic Chain (S = 3 Isingスピン強磁性鎖)として取り扱うことが出来ます。このままでは、一次元系では長距離秩序状態が存在しないため、磁石としての面白さは無いわけですが、Mn3+イオンと周囲の酸素原子との結合の仕方に異方性があることで、Mn3+イオン周辺にJahn-Tellerひずみが発生し、一軸的な磁気異方性(そのベクトルの方向は鎖方向)が生じるため、スピンを鎖方向にロックしてしてしまおうという強制力が働きます。Trimerのスピン間にはもともと弱いながらも強磁性的な相互作用があるため、鎖全体のスピンが集団的に鎖方向に向いた状態、つまり、一次元磁石が実現されます。ただし、磁石としての寿命は永遠ではなく、時間と共に磁石の性質が薄れていきます(磁気緩和をする)。この系の面白いところは、鎖一本一本が磁石になるため、アボガドロ数程度の集団になるとその中に1022以上の超小型磁石が内蔵されていることになり、ビット数の桁外れに大きな磁気デバイスが創れてしまうことになることです。しかし、実際の応用へ展開して行くには、一次元磁石の性質を示し始める温度をヘリウム温度レベルから上昇させ、ヘリウム温度(できれば、液体窒素レベルで)で安定的にデバイスが動作するように、動作温度と寿命(磁気緩和時間)を向上させてあげる必要があります。そこで、我々は物質の合成レベルでの研究とは違った、物質合成のストレス印加による人為的物性操作・機能性操作ということを目的とした極低温・高圧力物性実験を行っています。最近、はやりのキーワードの「ナノ」を使うと、この系の研究は「ナノ分子デバイスの人為的機能性向上の探索」と命名してもよいかと思います。現在、ある物質では、磁石としての寿命(磁気モーメントの緩和時間)を約2ヶ月からその22倍の4年にまで上昇させることに成功しています。思っていたより、我々が抱く夢は現実的に遠くないのかもしれません。 (文責: M.M)

 

 参考: 現在参加しているプロジェクト

 

3.        金属錯体系分子磁石 (3d遷移金属系)

 3-1 Mn-Cr系フェリ磁性体 (Tc = 69 K)

 3-2 Ni-Cr強磁性体 (Tc = 42 K)

  

4.        バタフライ型格子をもつフラストレート系有機ラジカル磁性体